どんなに辛いことがあっても
あたしがいることであなたが笑えるのなら
あたしはずっとあなたのそばに



もらい泣き




付き合い初めて最初の5月5日
ヒカルはあたしを呼び出した
「何で?」
って聞いたら、
「一人になりたくないから」
って言った
その翌年の5月5日も、その次も
ヒカルは5月5日になると、必ずあたしを呼び出した
理由はいつ聞いても、
『一人になりたくないから』
あたしも当たり前に受け止めて
5月5日だけは、必ず予定を空けておいた
そして今年も
ヒカルからの呼び出しがかかる


「あかり?明日あいてる?」
「うん、あいてるよ」

ヒカルからかかってくる電話は、いつも短い
用件だけ済ませて、早々と切ってしまう
あたしとしては、もう少し話をしたい時もあったんだけど
いつのまにか、そんなヒカルに慣れていた





何故5月5日に、一人になりたくないのか
付き合って4年経つけど、
その先は何となく聞いちゃいけない気がして
ずっと聞けずにいた
きっと何かあったんだろうってことは分かる
だってヒカルは、その日いつも棋譜を並べてる
碁関係のことなんだろう
でもその棋譜はいつも、そこから進められることはない
「何で?」
って聞くと、ヒカルはいつも寂しそうに遠くを見つめるんだ
あたしはその顔を見ると、切なくなる
あたしの知らないヒカルが、そこにいるから
ずっと一緒にいて、ヒカルのことは誰よりも
一番知っているつもりでいたけど
そんなことないんだって
ヒカルのその瞳を見ると、実感する



「ヒカルのとこに行ってくるね!」

あたしはお母さんに声をかけて
5分かけてヒカルのうちに着いた


「あら、あかりちゃん」
インターホンをならすと、出てきたのはおばさんで
「こんにちは」
挨拶をする
「ヒカルなら部屋にいるわよ」
「ありがとう」


ヒカルと付き合ってるのは、おばさんも
うちのお母さんも知ってる
ヒカルとは幼なじみだから、
小さい時からお互いの家にはよく行き来してた
付き合ってからも変わらずに、あたしはヒカルの家に良くお邪魔して
家族同然のような付き合いをさせてもらってる




あたしは一つずつ階段を上り
ヒカルの部屋の前にたたずんだ
ノックをする
返事はない
「ヒカル?入るよ?」
返事はないけど了解だけはとって
あたしはヒカルの部屋のドアを開けた


「・・・」
ヒカルは寝ていて
そりゃ寝てたら、返事なんか帰ってこないよね
仕方ないから、あたしは部屋へと足を踏み入れた
ヒカルの寝顔をまじまじと見て
ひかる金髪が、すごく綺麗で
頬にそっとキスをした
(起きないよね?)
確認をして、もう一度キスをする



そういえば、今週はヒカル
対局予定詰まってたんだよね
疲れてるだろうし、もう少し寝かせておいてあげよう
でも、呼び出しておいて、寝てるなんて、ちょっとひどいよね



ヒカルの部屋を一回り
ふと、テレビの横にあるものを見つけた
扇子
ヒカル、こんなの持ってたっけ?
そっと手に持ってみた
結構前から使ってるっぽい
ヒカルに扇子?
ちょっと似合わないかも

ヒカルの寝顔を見ながらあたしは苦笑する

扇子を置き、またヒカルのそばまで寄った

何か嫌な夢でも見てるのかな
少し寝苦しそうで
あたしは頭をそっとなでた


さらさらの髪の毛が気持ちいい
「・・・ん」
突然動かれて、あたしは慌てて手を離した
「サ・・・イ」
寝てるヒカルの口から発せられた名前

『佐為』

どこかで聞いたことがあるような気がする
じっとヒカルの顔を見ていたら
ヒカルが目を覚ました
「・・・あかり・・・?」
目は開けているけど、頭はたぶん
まだ寝てる


「おはよ、ヒカル」
あたしはそう言って、ヒカルの頬にキスをした

「はよ、ってか俺寝てた?」
「気持ちよさそうにね。
人を呼び出しておいて寝てるなんて、ひどい」

わかっているけど、ちょっと意地悪を言ってみる

「ごめん、昨日遅かったんだ」
ヒカルは背中に手を回しながら、頬にキスを返してきた
「うん、わかってるよ」
そう、わかってる
だって疲れてる顔してるもん
いつもあたしの前では隠してるけど、あたしにはちゃんと分かってるんだから
「ほら、ヒカル起きて」
ヒカルの頭をぽんぽんと叩き、ヒカルの腕を身体から放す

「んーあかりー」
「甘えないの!」


それでもくっついてくるヒカルを冷たく(?)突き放した

「ちぇー・・・」
ヒカルはしぶしぶとあたしから離れ、あくびを一つ
「俺、寝てる時、何か言ってた?」
突然ヒカルにたずねられ
「あ、うん。『佐為』って」
あたしの返事に、ヒカルは身体をこわばらせた




名前だけで、そんなに驚くことないのに
何かまずいこと聞いちゃったのかな?




あたしたちの間に、しばらくの沈黙が流れる
その沈黙はヒカルによって破られた
「あかり、打とうぜ」
そう言ってヒカルは、打ちかけの盤上を片付け始めた
「うん」
あたしはヒカルに従うだけ


ヒカルの前に座り

『お願いします』



打ち始める
あたしの頭の中には、あの名前と
ヒカルに聞きたいことでいっぱいだった
ぼけっとしてて勝てるほど、ヒカルは優しくなくて

「あーっ!」
「お前のツメが甘い」


指導碁にしても、普通に打っても、ヒカルは結構容赦ない

「ちょっとくらい手加減してくれたって・・・」

あたしが文句を言うと、
「じゃあ今度はちょっとだけ手加減してやるよ」

そんなこと言って、いつも口ばっかり


「いい風だな」
突然ヒカルが

「うん、そうだね」

5月の気持ちの良い風が、あたしとヒカルの間を流れた




「ねぇヒカル」
「んー?」
「ヒカルは何で碁を始めたの?」
「お前こそ」
「あたしはヒカルが始めたから・・・って
あたしが聞いてるのに」
「ごめんごめん」



うまくごまかされる
だってヒカル、始めた頃はあんなにバカにしてたのに
一生懸命な塔矢くんに感化かれて、いつの間にかプロになるほど力をつけてた
あたしはヒカルより始めたのが少し遅くて
腕は・・・まぁ置いといて

「ある人がいたから・・・かな」



そういうヒカルは、またあの目をする
どこか遠くを見つめるよう
寂しそうなまなざしを

そんなこと、一度も聞いたことなかった
聞いてみてもいないけど

あたしの中に、少しの好奇心が生まれた

『聞きたい』

なぜそんな目をするのか




「ねぇ、何で今日は一人になりたくないの?」
「何でも」
「何で?」
「何でも」


進まない会話
そんなに言いたくないことなのかな

「何か、嫌なことでもあるの?」

直入に聞いてみる
ヒカルはめったに人を
あたしを頼ったりしない
そのヒカルがあたしを頼るのは、絶対何かあるから
ずっとそう思ってた


「別に」

ヒカルから返ってきたのは、そっけない返事一つ


「何かあるなら、ちゃんと言ってね?」

言いたくないならしょうがないけど


隠し事されるのは辛いから
どんな些細なことでも、あたしが一番ヒカルのことを知っていたいの

「分かってるよ」

ヒカルは頭を掻きながらぶっきらぼうに返事をくれた
あたしは、ふとさっきの名前を思い出し

「『さい』って何?」


あたしの質問に、ヒカルの動きが止まる
あの時と同じ
その名前に、何か意味があるんだって
あたしは直感した


「俺、そんなこと言った?」
なおもしらばっくれるヒカルに
「言ったよ!」
ちょっと強気に出てみる

身体をこわばらせておいて、言ってないだなんて言わせない


「さい・・・さい・・・」

何度も小さく繰り返し

「サイ?」
発音を変えてなお、繰り返す

「動物のサイ?」
あたしがそういうと、ヒカルはけたけたと笑った


それから
「俺に碁を教えてくれた人」
何かを思い出すような優しい笑顔で

「ヒカルに碁を教えた人?じゃあきっと
すごく強いんだね」
「強いなんてもんじゃねぇよ、佐為は」
「あたしも会ってみたいな!」
「無理」
「何でー?」
「・・・もういないから」
ヒカルから、寂しそうな表情が消えることはなく


「ごめん」
「いいよ、次、お前だぜ」


あたしにはわからない何かが、ヒカルの中にある
そう思った
だけどそれだけじゃ
あたしの中の好奇心を消すことはできなくて
ヒカルが答えを返せば返すほど
あたしの中の気持ちは大きくなっていく



「ねぇ、じゃあさ。
その人とはどこで会ったの?」
「どこか」
「・・・」
「何だよ」
「隠し事はナシだって言ったのに」
「別に隠してねぇよ」

あたしたち二人のやり取りは、またも平行線

そりゃ、ヒカルの中だけにおいておきたいものもあるかもしれない
だけど、それでも
もっとヒカルの内面を知ることができたなら

今日もだけど、いつもあたしを呼び出すこの日

「碁盤に並べてある碁は、どうしてそこから進まないの?」


いつもは黙っていたけど
言いたくないならって思って聞かなかったけど
今日こそは聞き出してみせたい
その人とヒカルの中に何があったのか
あたしが背負い込めるものではないのかもしれない
だけど話してくれたら、その辛さも何もかも
あたしはヒカルと分け合えることができる
ヒカルの中の感情、全て
あたしも感じることができたなら


「ヒカル?」

動かなくなったヒカルを
あたしはただ見つめた


「佐為と・・・」

ヒカルはゆっくりと口を開く
「佐為と、最後に打った・・・
それ以上進めることが出来ない、最後の・・・」


その声はかすかに震えていて
あたしは声をかけることが出来なかった
ただただ、うつむいているヒカルを見つめることしか

「突然、消えたんだ」

ヒカルは窓の外を見る
どこか遠くを見つめるその瞳には
きっとその日を思い出しているんだろう
切ない色が映ってる
今になって、聞いちゃいけないような気がしてきた
あたしなんかが知ってはいけないこと
聞いたって何も
うわべだけの言葉じゃ、
ヒカルのその気持ちをやわらげる事はできない
どんどん不安になって
そうわかっても、聞いてみたい気持ちがあって
やっぱり、感情を分かり合いたい


「最後って・・・そんなに突然消えたの?」


ヒカルは何も言わずに頷いた
ごめんね、辛いこと思い出させて
だけど、少しでもあたしは
ヒカルの力になりたいから
もう少しだけ話を聞かせて








続きの2へ進む。






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日記で連載してました。
ヒカルの碁の日小説。
ひかりの佐為ネタです。
日記の方では、もう少し進んでます。
ちょっと修正しました。
ほんとは5日まで続けたかったのですが、
ぱーっと書き上げてしまいたくなってしまったので(汗
連載は途中でストップしちゃいました。
この続きが少しだけ描いてあるので、気になる方はどうぞですv

姫にしてはめずらしく、シリアスなお話になりそうです。
ひかりを好きになってから、ずっと描きたかった佐為のネタ。
あたためてあたためて、大事に描いていきたと思ってます。
もうラストまでは考えてあるので、あとはまとめるだけなんですけど。
なぜもらい泣きなのかは、ラストで分かります。
もうわかっちゃった人っていますかね・・・(滝汗

これも、思ったよりも長くなったので、前後編にわけるつもりです。
後編は、日記にもあまり描いてないので、新鮮に楽しんでいただけるかとv
というか、楽しみにしてくれている方がいるのかどうかもわからないんですけど;;
どうぞ後編もお付き合いいただけることを願って。
後編は必ず、5日にUPいたしますので。










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