あなたと桜を見上げたいの
昼の桜 夜の桜
同じように映るかしら






サクラドロップス      〜前編〜






ピンク色の小さな花の季節
出会いと別れ
終わりと始まり
二つの相対する季節

桜が咲き誇る季節
巷やテレビでは、桜の名所を取り上げない日はない
二人が住んでいる近くでも、桜は見ほれるほど
きれいな形と色をしていた
満開まではまだ少し早く
それでも目を引くきれいさは変わりない



夕食を食べ終え、片付けの終わったあかりが
今日の対局を並べていると、いつものように甘えながら
一言をぽつりといった


「桜、見に行きたいな」
ヒカルは並べるのに集中していて、あかりが何と言ったのかうなく聞き取れず
「は?」
思わず聞き返した
「桜!見に行きたい!」

そんなヒカルの態度に、あかりはすねた顔をして
今度はちゃんと聞こえるようにはっきりとそう言った



付き合い始めて何度目の春を迎えただろう
付き合ってからは今まで一度も一緒に
桜の花を見上げたことがない
幼い頃はよく、並んで花を見上げていたのに
時が経つに連れて、お互いの時間が離れ
いつしか会える時間も少なくなっていた
ヒカルの職業上、休みもあまり合わないせいもあるのだけれど
それが不満というわけではないけれど
やはり、その季節季節で、そのときにしか見れないものを
ヒカルと一緒に見たいと、あかりはずっと思っていた


「だって、付き合ってから一度もヒカルと桜
見てないよ?」

あかりは頬を膨らませ、ヒカルを軽くにらむ

「そんなこと言ったって手・・・」
「手合いの予定が付かない。でしょ?」
「・・・」
「その言い訳、もう聞き飽きたよ?」


あかりの言葉に、ヒカルはバツが悪そうな顔をする
言い返す言葉がないから
それはヒカルも悪いと思っているから

何も言い返せず、少し困った表情をするヒカルを見て

「ごめん、ワガママ言った」

と、あかりはおどけて笑った
あかりも、ヒカルがちゃんと自分のことを考えてくれていることは
いたいほど承知している
それでもわがままを言いたくなるときもあって

たまにそういう意地悪を言ってしまう


「ごめんね」

と笑うその顔は、どうしても無理をしているようにしか見えなくて
ヒカルを逆に悩ませる



「俺の方こそごめん。今年は桜、見に行こう?」


ヒカルはあかりの頭をなでながら、優しい声色で話しかける

そのとたん、あかりの顔には笑顔が戻り
でもすぐ心配そうな顔になる

「でもいいの?忙しいんでしょ?」
「いいよ。俺もあかりと行きたいし。」


どんな時でも自分のことを考えてくれるあかりに
ヒカルは本当に嬉しく思う
自分も負けずに大切にしたいと思っていても
あかりには、寂しい顔ばかりさせてしまっているから
正直、あかりの優しさに甘えているのは
自分でも承知している
お互いを思いあっているのに、どうしてうまくいかないんだろう

だからせめて、一つくらい
自分の手で、あかりの笑顔を見てみたい
そう思ったから



「ちゃんと予定空けれるように、調整しとくな」



あかりとそう約束を交わした



その翌日
ヒカルは手合いのため、日本棋院に来ていた
頭の中は手合いより、昨日のあかりとの約束のことでいっぱいだった

(無理な約束しちゃったかも・・・)
今更思ってみても、もう遅くて
あかりと出かけたい気持ちはあっても、時間とプロ棋士という職業が
それを許してくれない


「おっす進藤!」
後ろから和谷に背中を叩かれ
「いって・・・」
あまりの痛さに、ヒカルは挨拶よりも先に言葉が出てしまった
考え事をしていたため、その痛さは、いつもより響くものだった

それを聞いた和谷は
「ごめん!思いっきり叩きすぎたか?」

心配そうにヒカルを覗き込んで謝る

「いいよ、平気。
おはよ」

遅れてだけど挨拶を返す

いつもの二人の挨拶の仕方
大抵、ヒカルの方が和谷よりも少し早い時間に来ることが多い。
ヒカルはいつも叩かれる方だ
今日のは少し痛かったけど

「和谷はいつも元気だな」
「お前、元気じゃねぇの?」

ヒカルの皮肉っぽい嫌味も、和谷は軽く流す
気づいてないのだろう
「俺だって、悩みくらいあるさ。
最近手合い続きで、デートもろくにできねぇし」

和谷がため息を吐きつつ言った
おそらく、彼女に何か嫌味でも言われたのだろう

(どこでも一緒なんだな)

とヒカルは苦笑した
ヒカルも和谷も、悩みはいつも彼女のこと

「せっかくいい天気なのに、花見にも行けねぇな」

和谷の言葉に、ヒカルは
「そうそう。昨日なんかさー」
と相槌をうつ

「あかりに、『付き合ってから一回も桜見に行ってない』って言われてさー」
「うんうん」
「言い返せなかった。」
「だろうな」
「フォローなしかよ」
「フォローしてほしかったのか?」
「いいよ、別に。
確かにその通りだし」
「俺んとこも似たようなものかも」


そう言って、二人は顔を見合わせ笑った
共通を持つ二人は、よきライバルであり、話の分かる仲間
そのため、彼女との事も言える範囲で相談することが多かった

「お互い、何とかしねぇと、愛想尽かされても文句言えねぇな」
「シャレになってねぇ・・・」

『ははは』
と、乾いた笑いが二人を包む
でもどうしたらいいのか分からなくて

「何とかするって約束しちゃったんだけど、何とかなるのかなぁ」

今更
「行けない」
とは言えない
それこそ、愛想を尽かされても文句は言えない

「桜が散るまであと少し、何とかしねぇとなー・・・」

連続する手合いを前に、あかりとの約束をどうするか
ヒカルは真剣に悩んでいた






「はぁ・・・」

昼休み
今日の手合いは調子がよいのだが、約束を考えると自然にため息がでてしまった

「どうしたんだ?進藤」

ヒカルにはめずらしいため息のため、塔矢が見かねて話しかけた

「別にどうもないけどさー」
「何でもないのにため息をつくのか、君は?」
「俺だって悩みくらいあるんだよ!」
「悩みがあるのを、何かあると言うんじゃないのか?」

塔矢に突っ込まれ、ヒカルは何も言えなくて
そのやりとりを隣で聞いていた和谷は、笑い出す始末

「塔矢にも相談してみたら?」

和谷にアドバイスをされ、
「聞いてやる」
といわんばかりの塔矢の様子に
気づかれないように小さくため息をつきながら
あかりとの出来事を説明する

「なるほど。同い年の彼女を持つというのは、大変なことなんだな」
「人事かよ・・・」
「いや、すまない」
「お前はいいよな、大人が相手で」
「そんなことはないけど・・・」
「市河さんでも、そんなお願いすることあるのか?」
「僕の事はどうでもいいじゃないか」
「話そらした」
「・・・」



ヒカルと塔矢のやりとりは、和谷のツボを抑える
ああ言えばこういう、天邪鬼同士
気が合っているんだか、合っていないのか
その線は微妙だ


ヒカルと塔矢のやり取りを見ながら、一生懸命笑いをこらえていた和谷に


「和谷さんだって他人事じゃないんじゃ・・・」

塔矢からの手痛いつっこみが入り、笑いが止まる



「それなら俺にいい考えがある!」

突然提案をされ、ヒカルたちは振り返った

その視線の先には
にこやかに笑う門脇が立っていた
その後ろには、伊角もいる
二人は同期でプロ入りしたためか、以外に中が良い

門脇の笑顔に、ヒカルたちは、何故かとてもイヤな予感がして

門脇はよく、イベントなどの立役者となる
何でも手際よくしてくれ、頼りになるといえばなるのだが
たまに、とんでもないことを言い出すので、あなどれない


「門脇さん・・・」

そう呼ぶ声はかすかに引きつる

「いい考えって?」

和谷が尋ねる

「ああ、花見に行きたいんだろ?」
「まぁ簡単に言えば。」
「今週末に、若手プロたちで花見をしようということになってな」

(イヤな予感的中?)

3人の頭の中に、同じ意見が横切る
「彼女連れてこい」
(やっぱり)

「門脇さん、あの俺別に、あかりと出かけたいだけで、花見に行きたいわけじゃ」


せっかくあかりと出かける口実ができたのに
他の人とあかりが一緒に花見をするところなんて見たくない
たとえ、自分がその場にいたとしても

何とか一緒には行きたくなくて
ヒカルは必死に嘘をつく

「お前今、花見の話してただろ?」
「それは・・・」
「とにかく、詳しいことは追って連絡するから、ちゃんと空けとけよ」

門脇はそれだけ言って、その場を後にした

「何しにきたんだよー!」

門脇の提案は、ヒカルを安心させるどころか
逆に頭を悩ませるものだった

「花見の連絡だろ?」
「進藤頑張れ」

隣で一緒に聞いてた和谷たちからは、
まるで他人事のように冷たい言葉

ヒカルは無言で二人をにらんだ



「あかりになんて言おう」



その日一日、ヒカルからため息がつきることはなかった


夕刻
あかりが夕飯の支度をしていると
「ただいまー」
本日の対局を終えたヒカルが帰ってきた
「おかえり」
夕飯の支度を一時やめ、ヒカルを出迎える
「疲れたでしょ?先、お風呂入る?」
「ん。そうする」
ヒカルは、あかりに上着を渡し、浴室へと向かった

湯船につかると、疲れが取れるような気がする
今日は、ヒカルには頭がいっぱいになるようなことばかり
花見のことを門脇に聞かれ
「彼女を連れて来い」と命令形で提案をされ
あかりに何といえばいいのか
知らない人といきなり花見だなんて、嫌がるに決まってる
それ以前に、自分がいやだ


せっかくだから、もう少しあかりの思うようにしてあげたかったのだが
どうもそれは許されないみたいで
これからあかりに伝えようと思うと、気分の沈むヒカルだった




「ご飯、出来てるよ」
浴室から出ると、あかりが夕飯をテーブルに並べていた
「あったかいうちに食べよ」
そう言ってイスに腰掛ける
ヒカルはあかりの向かいに座り、箸を手にした



「ヒカルどうかしたの?元気ないみたいだけど・・・」
「そうか?」

知らずにため息がもれていたようで
あかりが心配そうにヒカルの顔を覗き込む


「なんでもないよ」
ヒカルがそういうと
「今日の手合い負けたんでしょ?」
あかりは冗談交じりに笑いながら言った
その言葉にヒカルは少しむっとして
「勝ったよ」
言葉を返した



「じゃあ何?」
納得がいかないのか、食事中にも関わらず
あかりはヒカルに質問ぜめだ
ヒカルはもう意を決して言うしかないと
「あのさ」
重たい口を開いた



そう
今日門脇に提案されたことを
あかりに伝えなくては
「花見のことなんだけど・・・」
「うん」
「今週末に、若手プロたちで行こうってことになってさ」
その言葉に、あかりの表情が曇る
ヒカルは慌てて
「違う!それで行けなくなったっていうんじゃなくて!
ってゆーか、俺も行く気なかったんだけど。
今日突然言われてさ」
「・・・うん」
「彼女連れて来いって」
「え?」
「だから!あかりも連れて来いって言われたの!」

ヒカルが半ばヤケになって言う
あかりに誤解されて泣かれるよりは、正直に話してしまった方がいい
そう思ったから



いきなり面識のない人と花見だなんて
あかりも戸惑うだろうと思い顔を見ると
浮かない顔はどこかへ飛び
やたらと明るい顔をしている


「あかり?」
その顔に驚いたのは、何よりもヒカルで

「わたし、行っていいの?」
「へ?」
「お花見!」
「ああ、うん。行っていいっていうか、来いって言われたっていうか・・・」


逆にヒカルが戸惑い、言葉がしどろもどろになる
「知らない人と花見がそんなに嬉しいのか?」
と思わず突っ込みをいれてしまいたくなるくらい、
あかりの表情は明るい
「お弁当とか、作ってった方がいいのかな?」
とまどうヒカルをよそに、あかりは楽しそうに笑う

とりあえず、泣かれなかっただけ
「行かない」と言われなかっただけいいのかも知れない
でもヒカルは複雑で
本音は二人で行きたかったのに

(門脇さんが余計なこと言うから・・・)


その苛立ちを、門脇のせいにするしかなかった









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サクラドロップス。ただ今日記連載しております。
1つで完結させたかったのですが、思いのほか長くなりそうだったので、前編・後編と分けました。
後編は、終わった頃まとめます。

ひかり桜ネタです。
タイトルは特に意味はないんですけど(汗
何となく「桜ー桜ー・・・」と思っていたら、そのあとに「ドロップス」と出てきたので、突発的でした。
最初は「桜月夜」にするつもりでした。夜桜を見にいくので。
どうでもいいですね、はい(笑



二人は一緒に暮らしてます(^^
もう2年くらい前から。
年齢設定としては、ちょうど20歳くらいです。
付き合ってから4年です。
後編では、あかりちゃんとお花見に行くわけですが、
もちろんらぶらぶvにするつもりです。
続きが気になる方は、どうぞ日記をのぞいてやってください(笑
さりげなく宣伝してます。


姫にしては、ちょっと長いお話です。
後編もどうぞお付き合い下さいますことを願ってv









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